餌づけ中

「なんで来るの」
警戒心丸出しでにらんでいた子供がやっと声を出すようになってきた。ソフアに足を引き上げて動物の子のように丸まっているのは相変わらずだが。
「説明したはずだが?」
うさんくさく見えるのは、はなから承知だ。ジェクトとは友人だった、とだけ。ほとんどなにも話していない。
部屋をみまわす。子供なりになんとか生活しようと努力した形跡が見られるが、背の届かない棚に置いてあるオレンジが甘ったるい匂いを放ちながら腐っている。おそらく、もう、母親はこの家に戻ってこられないだろう。

衰弱しきった彼女は、けっして多くを語らぬ言葉を吸い取って、透明な涙を流した。あの人、とても遠くへ行ってしまったんですね。
死を間近にした者の鋭さをもうそなえている。ひとり残されるだろう子供のことをアーロンは思った。


店で買ってきたものをいくつかテーブルの上に出す。
「うちお金ないからね」
背中から早口でまくしたてる高い声。
「ジェクトのうちだからお金あるだろうとかって、おもってるみたいだけど、ないんだから。ゆくえふめいなったとき船出したからお金いっぱいつかったし。しゃっきんとかけっこーあるし、あいつめちゃくちゃだったからないよ、うち」
「なるほど」
パッキングされた包みをレンジに入れて蓋を閉める。
「これはどうやって火を入れるんだ」
ハア〜と、ため息をついてティーダはソファから飛び降りる。
「ばかじゃない?」
ブンとかすかな音が台所に響く。やがて温かい匂いが部屋に広がる。二人分の食器が出されるのを子供は黙って見ていた。
「・・・お金はらわないよ」
「お前の父親からもらってある」
きゅっと眉をしかめる。
「昔賭に負けて俺が払えなかった分だ」
ふーん、と小首をかしげて。
「あんた、バカおやじのカモだったんだ?」
「食べないのか」
2度、3度、アーロンと食卓を視線が往復した。しぶしぶ、というポーズをあくまで崩さないまま子供椅子を引っぱりだす。
チキンドリアは舌が火傷しそうなぐらいとろけている。
「いっとくけどね、これで、手なづけられたりしないからね」
スプーンをとめて上目遣いで。
「かってに持ってきて食べていいっていってんだから、たべるの」
「たくましいな」
ふと頬がゆるむ。
「明日病院へ行こう」
子供はうつむいて、かすかに首を縦にふる。

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