| なくした |
脚も、手も、はらわたもひきずりつづけ、もはや彼はただ無念だけで歩いている。己の命つきる前にただ一太刀。だがそれが叶わぬことを悟っていた。それでも、なお彼は歩き続けることより他を思わなかった。 半ば解けた包帯が強い風にあおられ、ずるりと長い尾をひく。まだ色を失わない鮮烈な赤は瞬く間に霜におおわれて棒のように彼の体をたたく。やがて完全にほどけた布は激しく身をよじりながら断崖にふき落とされた。永久に閉じられた片目が直に氷にたたかれ彼は顔を業火であぶられているような苦痛に襲われる。 修羅のように斬り続け、しかし血の匂いにひかれる魔物はつきることがなかった。ちぎれ煮られるような苦痛に支配されながら、それでもまだ大剣は魔物の甲を断ち割る力を残していた。鈍い音とともに転がる魔物の体は吹きすさぶ白いものの下に隠れていく。妄執だけで剣を振り何を求めるのだ。復讐はついえ己の命もあと幾ばくかでついえる。なぜ俺は歩みをとめない。空から鋭い鉤爪が襲いかかる。首をたたかれ、新たな血のしぶきが噴き出すのを彼は感じた。よろめきながらたたきつける剣戟を猛鳥はくぐりぬけ気味悪い鳴き声をあげながら舞い上がった。空振りの腕を狼のような獣の顎が捕らえ、ミシミシと顎が鳴る音を彼は痛みと共に聞く。 あの女が安らぎと呼ぶものにこの身を投げこんだだけか。この痛みも己の無念も友の思いも、すべての記憶もろともこの身が滅びたら、すべて消え失せるのか。なにも、ない、からに。女の高笑いが聞こえたような気がした。そして腱の切れるブツリという音も。激しく首をふり彼をひき倒す獣の下からどうやって逃れたのか。気づけば右手ひとつで柄を握りその腕が温かいほどに血で染まっていた。眉間を叩き割られた魔物がくわえている肉塊・・・己の左の腕を彼は座ったまま静かに見下ろした。高い空から重い羽音がいくつも降りてくる。自分はついばまれ野晒しの骨となるだろう。この無念だけがどこまでも浅ましく迷い続けるだろう。鼓のように体の中をうち続けた苦痛はもはや遠いところから聞こえてくる。視界を覆う暗い帳の中にふいに幻が浮かびあがった。鮮やかな。 『頼みてえことがあるんだけどよ』 幻に手を伸ばす。 消え る な |
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