神へいたる狂気 ニブルヘイムの惨劇から生き延びたサンプル達は、セフィロスの言動および行動を記憶していた。ある者は「彼は狂った」と言う。また、ある者は「ジェノバに呼ばれているかのようだった」と語る。真実は闇の中だ。だがわれわれは知るべきだ。彼の真意を。なぜ、彼は神になろうとしていたのか。神になることで、なにをしようとしていたのか。 1、両親への憧憬 ソルジャーはジェノバ細胞を注入し、魔洸を照射して造る。ジェノバ細胞は宿主細胞と共生関係にある。しかし、成人の免疫システムにおいては、宿主が弱っているか、大量の魔洸を照射しない限り、増殖力は抑制される。 セフィロスの場合、胎児期にジェノバ細胞を付与しているため、体細胞のほとんどをジェノバ細胞が占めている。針のように細い瞳孔はセフィロス固有の特徴である。 人とあきらかに外観の違うことを、彼自身は早くに気づいていた。外観のみならず、特異な生命力を持つ彼が、自分の遺伝子のルーツに疑問を持つことは正常なことだった。 彼は父と母の名を養育者に尋ねた。 「父はガスト博士、母はジェノバ」 そう教えるよう命じたのは私だ。 なぜなら、胎児のゆるい免疫システムはジェノバ細胞の増殖を抑制できず、生れ落ちたとき、彼の体は、ヒトと分類するには、その殆どが異質なものだったのだから。 ヒトとしての「部分」。遺伝情報のマスターコピーとしてのヒト細胞は、まるで点在する微小な島のように顕微鏡下で見え、私は戦慄した。 そんな「モノ」を息子と呼ぶことは当時の私(宝条)にはできなかった。 成長につれて、彼は自分が『古代種の能力を持つ人間』だということを聞かされる。 ガストを父ではないと薄々感づいていたところもある。それでも、ニブルヘイムの魔洸炉を訪れる直前まで、ガストを尊敬し、父と呼んだ。 「ガスト博士なぜ死んだ…なぜなにも教えてくれなかった…」 神羅屋敷の私の研究室で、セフィロスが、そうつぶやいているのを、生き残ったサンプルの一人が聞いている。 セフィロスにはガスト博士の記憶はないはずだ。 ガストが失踪したのは、セフィロスが赤ん坊のときである。ガストは自らが創り出した「生きたジェノバ」を見て、それが古代種などでは決して無いものであることに気づいた。そして逃げた。 セフィロスが知り得たのは、ガスト本人ではなく、後に残された名声と研究成果である。父と教えられたその男の知識に触れるうちに、彼は自分の中で徐々にガストを美化していったようだ。優秀な「父親」に対する「憧れ」と、私に対する卑下は表裏一体であった。 (あの男が科学者として一流のセンスを持っていたことを私は認める。だが、知の扉を目の前にして恐怖に駆られて逃げ出したあの男を、私は許さない。) 2、故郷 セフィロスに「親」というものを教えなかったのは、兵器として育てるための配慮でもあった。 だが、まさかヒトならざる彼が「親」を求めていたとは。 「血も涙もない」「冷たそうな人」というのがセフィロスの人間評である。しかし、感情がないわけではなかった。 自分がモンスターだと疑えば動揺し、可笑しさを感じれば笑う。 しかし、セフィロスは優秀すぎた。その異質さに人々は恐怖し、あるいは、あがめ、あるいは利用しようとしていた。セフィロス自身は、それをどのように感じていたのだろう。 「どんな気分がするものなんだ?オレには故郷がないからわからないんだ…」 孤独だったのか、うらやんでいたのか。この時のセフィロスの姿があまりにもサンプルCの幻想の中に繰り返し、何度も現れるため、われわれはこの言葉を無視することはできない。 (皮肉なことに、ニブルヘイムの神羅屋敷こそ、セフィロスの「故郷」であるが。否、人の腹から生まれ落ちようと、怪物に故郷はない。) おそらく、彼は自らの「死ねない体」に違和感を持ち続けていた。どこか情緒の欠落した自分を自覚していたのかもしれない。人々は彼の「人間離れした」強さを恐れ遠巻きにする。だが、自分は「選ばれた優秀な存在」なのだと思うことで彼の自我は成り立っていたのだろう。 彼は実は、うらやんでいたのだろうか?弱さゆえに群れるヒトという生き物を。けっしてそのようなそぶりは見せなかったのだが。 3、狂気の原因 そして、ニブルヘイムの魔胱炉で彼は気づく。ジェノバ細胞を持つことの意味に。 ジェノバがセトラと別物だということには気づかなかったのかもしれない。だが、ジェノバが人間とかけ離れた存在の「怪物」であることを知った。 「自分が怪物にすぎない」という疑いと恐れが彼を支配したとき、彼のなかのジェノバが目覚める。そして彼は正気を失っていく。ジェノバと呼応したかのように、魔洸炉へ彼は向かう。 思うに、彼はサンプルCと同じように、ジェノバの影響をうけて幻想に逃避した。ジェノバを優れた種族に美化し、「おろかな」自分を受け入れない人間を異常なまでに憎悪したのだ。 4、哀れな犠牲者 孤独に蝕まれながら自尊という凍てついた壁で魂を鎧う、もろさ。 自分を受け入れない世界をセフィロスはこわし、造りかえ、飲み込もうとした。それが彼の支配の動機である。彼の本心は、母の胸、ひいては自分を生み出した世界に回帰したかったのに違いない。 群れることを望まなければ、まだ、苦しまなくてもすんだだろうに。ヒトになろうとした、哀れな息子の形をした孤独な怪物。 |